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名古屋高等裁判所 昭和54年(ツ)10号 判決

上告人 久野元

右訴訟代理人弁護士 神谷幸之

被上告人 竹内要

右訴訟代理人弁護士 安藤久夫

同 加藤坂夫

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人神谷幸之の上告理由第一点について

一  原審が適法に確定した事実関係は概ね次のとおりである。

1  「久野不動産」なる名称で不動産取引業を営んでいた上告人は、昭和三六年七月頃、本件農地(国が旧所有者訴外新美又次から昭和三四年一一月一七日農地法四四条一項一号に基づき未墾地買収処分をなした土地)につき、その将来における転売の可能性を見越して、右訴外新美又次が有する本件農地についての農地法六一条に基づく国に対する優先的被売渡権を、訴外平林光作を経由し三・三平方メートル当り七〇〇円の割合(合計約一〇〇万円)で買受けた。

2  上告人は、昭和三七年頃より昭和四〇年頃にかけて、数回にわたり、所轄役場に対し本件農地の買受予約申込書を提出して、買受の申込をなしたのであったが、上告人は農業に従事するものではなく、不動産取引業を手広く営んでいたため、農業に精進する見込みのある者という買受適格がないとの理由により、上告人の右買受予約申出は拒絶された。その際、上告人は、右役場の事務担当者から、便宜買受申込適格のある者の名義で買受申込をなす方法のあることの示唆を受けた。

3  上告人は、当時―原判決の判示する「当時」とは、判文の前後関係から推して「昭和四〇年頃」と解される。―上告人と共同して「久野不動産」の営業に従事していた訴外竹内優と本件農地買受けの問題について協議した結果、前記所轄役場の事務担当者の示唆に従い、同訴外人の子で当時農業高等学校を卒業し、家業の農業に従事していた被上告人名義で本件農地の買受申込をなすこととし、右買受の実際の手続は訴外竹内においてこれをなすこととした。

4  訴外竹内は、本件農地について、昭和四三年一月一八日、所轄農業委員会を経由して、愛知県知事に対し、被上告人名義を以て買受予約申込をなしたところ、所轄農業委員会は、被上告人を農地法六一条・六四条所定の農業に精進する見込のあるものに当る買受適格者と認め、その旨愛知県知事に進達し、同知事は、同年二月九日被上告人に対する売渡予約書を交付し、次いで昭和四四年二月一日、被上告人に本件農地を売渡す旨の売渡通知書を交付した。

被上告人は、父訴外竹内が被上告人のため本件農地の買受申込をなしたと考え、その売渡を受ける意思で、同年四月二五日売渡代金三万三六二四円を所轄役場に持参し、納入した。

5  訴外竹内は、昭和三八年頃より「久野不動産」の営業に従事するようになったものであるが、同訴外人及び上告人を含めて数名の従業員のうち、宅地建物取引主任の有資格者は同訴外人のみであり、上告人も右資格を有していなかった。そして、上告人は同訴外人との間で、営業収入から各各のなした出捐及び諸経費を差引いた利益の内、三分の二を上告人に、三分の一を同訴外人に分配する旨の取決めをなし、また、同訴外人と相談のうえ、金融機関から営業資金を借入れたとき、自己のほか、同訴外人を借主として金借したことがあるほか、営業用財産として取得した土地についても便宜自己名義とするだけでなく、同訴外人を登記名義人にしたりすることもあった。

二  そこで、原審は、右事実関係を前提として、

1  上告人が本件農地について優先的被売渡権を譲受けたのは、上告人において本件農地を将来の然るべき時期に他に転売して利益を挙げるためであり、いわば、自ら経営する「久野不動産」の営業用財産とすることを目的としたものであったこと

2  上告人と訴外竹内の「久野不動産」における共同経営の実態は、前示認定のとおり、営業用財産として取得した土地は取り敢えず便宜上告人又は訴外竹内の所有名義とし、その転売時に夫々の出捐した金額等を精算し、利益を配分するということが行われていたものであって、自ら出捐して取得した営業用財産は、その者の所有名義とすることが確実に行われていたとは考えられないし、またその必要もなかったはずである。

との事実関係を推認したうえ、上告人と訴外竹内との間には、農地法六七条一項六号所定の開墾を完了すべき時期到来後三年を経過して本件農地を転売することが可能となった暁において、これを上告人に譲渡することとし、所有権移転登記手続をなすものとするとの合意が右当事者間においてなされるとはとうてい考えられないところであるとの結論を導いたのである。

三  よって原審の右判断の当否について検討するに、

1  原審は、「久野不動産」における上告人と訴外竹内との共同経営の実態につき「営業用財産として取得した土地についても便宜自己(上告人)名義とするだけでなく、同訴外人(竹内)を登記名義にしたりすることもあった。」との事実を認定しながら、右事実関係を前提として首肯しうるに足りる理由を示すことなく「……自ら出捐して取得した営業用財産はその者の所有名義とする……(中略)……必要もなかったはずである。」との推認を行ったのであるが、以下に述べるとおり右は違法のそしりを免れない。

思うに、不動産取引業者においては、営業用財産の取得、転売に際して、その都度自己名義への所有権移転登記手続を経由するものではないこと、むしろ右のような登記手続を経ることなく、いわば中間省略による移転登記手続により不動産を転売し、営業活動を行っていることは公知の事実であり、ただ営業の必要が生じた場合において、便宜業者自己名義の所有権移転登記手続をすることも取引界の通例であるということができる。さればこそ、原審においても本件「久野不動産」における営業用財産の登記手続につき前示のとおり認定したものである。このことは、不動産取引業が個人営業か共同事業かを問わず、登記手続については当該営業状態に即応してなされ、あるいは省略されるものであるということができるのである。これを共同事業の場合について更に敷衍して述べるならば、共同事業者は、共同事業の実を挙げるために、業務遂行過程において、当該営業用財産につき、営業遂行の必要がある場合においては、当該営業用財産の所有名義を、共同事業者である相手方の請求があり次第、その者の単独名義にすることを相互に明示的にせよ黙示的にせよ承諾しているものといえるのであって(共同事業者である相手方が、その者の出捐において当該営業用財産を取得したものであるならば、なお一そう強い要請があるものと考えられてよい。)、このことが円滑に行われることにより、初めて、相互に取得しうべき配分利益の増大を期待しうるのである。

以上のことは、営業用財産中の特定財産につき特別の事情が附随し、そして、共同事業者間において右事情を知悉している場合においては、いっそう強い要請を以て、共同事業遂行過程における通常の取扱いとは異なる特別の処理をすることを、共同事業者間で協定されているものとみるのが相当であると解される。

すなわち、原審の認定事実によれば、上告人が本件農地について優先的被売渡権を買受け、代金の決済をしたのは昭和三六年七月頃であるから、訴外竹内と共同事業を営む遙か以前のことであり、従って、上告人としては、訴外竹内との共同事業により得た分配すべき営業利益の中に、当事者間に特段の約定のないかぎり、右農地についての優先的被売渡権を処分することによって取得すべき利益が含まれるものでないと解するのが相当であるところ、原審も右の特段の約定のあったことについて認定しているわけではないから、本件農地についての優先的被売渡権は、訴外竹内との共同事業開始後も、上告人において単独にこれを処分し、そして収益を取得しうべき物件であったといわざるをえない。

さらに、前記のとおり、上告人は、数回にわたり所轄役場の事務担当者を経由し、本件農地買受予約申込書を提出したところ、上告人については農地法所定の買受適格がないという理由により、右予約申出は拒絶されたが、事務担当者から、便宜買受申込適格のある者の名義で買受申込をなす方法のあることの示唆を受けたのであるから、上告人が買受申込適格のある者の名義を便宜借用し、最終的に本件農地について確定的に所有権を取得すべく企図したことは、農地法の趣旨からすればその当否は問題となりうるにしても、営業用財産として投下した資本の回収方法としては、極めて当然の成りゆきというべきである。

従って、上告人が、訴外竹内と協議した結果被上告人名義で本件農地の買受申込をなすことに取り決めたのは、前記事務担当者の示唆のあることからすれば、当事者間において、この方法こそ本件農地の所有権が上告人に確実に移転しうるよりどころとなるものと予測したからであると解される。

そして、上告人と訴外竹内との間の右協議において、本件農地については、被上告人の所有とするとか、上告人と訴外竹内との共有にするとかの内容の約束が交わされたことについては原審もこれを何ら認めていないこと―上告人が前記のとおり、本件農地に対する投下資本の回収策につき苦慮していたことからすれば、右のような約定は本来上告人にとってはいわば自家撞着である―、当事者間においては、せいぜい被上告人の名義を借用することに対する謝礼額ないし買受権行使に伴い国に納付すべき代金その他の諸費用(右代金等とても、上告人において投下した資本に比べれば僅少であることは、公知の事実であるから、当事者間においても予知できることである。)を、上告人においてこれを支弁することが明示または黙示的にとり交わされたことは別にしても、訴外竹内において、本件農地について上告人に所有権を移転し、その登記手続をなすことを拒否したことを窺わせるに足りる特段の事情につき原審がこれを認めているわけでもないのである。

そうすると、上告人と訴外竹内との間においては、本件不動産を訴外竹内の子で、当時未成年者であった被上告人の名義で、国に対し、被売渡権を取得した前記経緯に鑑み、農地法の趣旨から由来する便法に基づくものであって、あくまでも最終的に、右不動産を上告人名義により転売することを可能にするための一手段であり、訴外竹内においても、第三者名義とはいえ、自己の子である被上告人名義により被買受権を行使するとはいうものの、国から売渡をうけた暁においては、必要に応じいつにても本件不動産の名義を上告人に移転することをあらかじめ了解していたのではないかと解されるのである。

2  しからば、原審が、上告人が本件農地を「久野不動産」の営業用財産として取得した特別の経緯のあること、さらに、右農地の被売渡権の行使についてこれを被上告人名義とせざるをえなかった特別の事情等を認定しながら、なんら特段の事情を示すこともなく、上告人において「自ら出捐して取得した営業用財産はその者の所有名義とする必要もなかったはずである」との推論のもとに、上告人主張にかかる訴外竹内との合意が存在したとは考えられないとした点は、ひっきょう、経験則に違背する事実誤認か、理由不備の違法があるものといわざるをえず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

四  よってその余の点につき判断するまでもなく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よって、民訴法四〇七条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 山下薫 福田皓一)

〈以下省略〉

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